研究成果

2021年度TOP成果

陸生甲殻類最大種「ヤシガニ」のハサミの3D組織構造
-究極を目指す-

井上 忠信
構造材料研究センター 材料創製分野
異方性材料グループ グループリーダー
井上いのうえ 忠信ただのぶ

強くて壊れない究極の構造材料の開発を目指し、バイオミメティクスの観点で強靭な外骨格で覆われているヤシガニのハサミの組織・組成・硬さ・破断形態を調査し、ヤシガニのハサミの外骨格の3次元可視化に世界で初めて成功(図1、2)しました。ヤシガニ外骨格表面の硬い層は、螺旋積層組織を有し、他の生物を上回る硬度一剛性バランス(耐摩耗性の指標)を有していることも明らかにしました(図3)。世界最先端の装置と技術を生物に展開し、異分野交流からヒントを得て、見方を変えた成果の一つである。現状を打破する究極の材料強靭化を実現する組織・構造の大きなヒントとなることが期待でき、近い未来のモノづくりプロセスの主となる3次元積層造形プロセス等で強靭材料の創出を目指します。
SAMURAI 井上忠信HP まてりあるずeye

陸生甲殻類最大種「ヤシガニ」のハサミの3D組織構造

 

井上さんへQ&A

Q:どうしてヤシガニの研究をしようとしたのですか?
A:研究に行き詰まったからです(笑)。材料は、 強くなると脆く(=硬くすると壊れやすく)なります。強くて壊れにくい材料の研究を20年以上取り組んでいました。長く同じ分野で研究をしていると、どんなことをしたらどんな結果になるか大体分かるようになります。これでは現状を打破できないということに気づき、違う見方や異分野との交流が必要と感じました。3年間悩んでいた時、ネットで検索し生物学者が発表したヤシガニ論文を知りました。論文を読んだとき強靭材料の研究に活かせる!と直感しました。気づけば、飛行機は鳥、車は馬車から発展したものです。生物は無数に存在します。生物を調べることで、他の研究にも活かせるはずです。こういう概念は、古くからあり、バイオミメティクスと言われています。

Q:この成果のポイントは?
A:ヤシガニの挟む力は体重の90倍あり生物界最強です。陸生甲殻類最大種であり、強い力で挟んでも壊れないハサミを所有しています。ヤシガニの頑丈なハサミの外骨格は、表層に鋼鉄並みに硬い外クチクラと、その内側にはそれより1/5軟らかい内クチクラの複合構造で構成されています。外クチクラは螺旋積層組織、内クチクラは多孔質組織となり、微細組織が全く違います。こういう緻密で微細な組織・構造は人工物には見られません。おそらく、螺旋組織は力を分散する仕組みを持っており、多孔質組織は軽量で力を吸収する仕組みを持っています。この組織・構造の仕組みを参考にして、究極の強靭材料の創出を目指しています。

Q:組織を3次元(3D)可視化?どのようにするのですか?
A:今までは観察したい場所を機械的に研磨して走査電子顕微鏡SEMや光学顕微鏡で観察していました。でも螺旋組織のような構造だと2次元(2D)観察では、詳細がよくわかりませんでした。そこで、Xe(キセノン)プラズマタイプの集束イオンビーム―走査電子顕微鏡複合装置PFIB-SEMという装置を用い、集束イオンビームFIBで外骨格を15 nmピッチで削りながら、SEMで2D画像を数千枚自動取得し、その後市販のソフトを通じて微細組織の3D化に成功しました。実はやる前は、このような綺麗な3D画像が生物検体から取れるとは思っていませんでした。何事もまずはやってみることです。

Q:ヤシガニ以外の生物の研究もしていますか??
A:ヤシガニ成果を発表した(結構バズった)時、ヤフーニュースで400件以上の口コミがありました。そのなかで2名の方が「最強はこっちだ!」と、あるカニについて言及していました。ヤシガニよりも巨大なハサミを持つ“ノコギリガザミ”というものです。ガザミを実際に見てみると興味を持ったので、こちらの研究にも取り組んでます。興味があったら私のHPを参照してください。生物は多様なので、まだまだ我々が見たことがない組織・構造を生物から学ぶことができるかもしれません。でも、顕微鏡で微細な組織を見ることは重要ですが、これは手段であって研究の目的ではありません。最強生物の組織・構造を調べることで、究極の強靭な材料の創出を目指しています。新たな材料を創出することが研究の目的であることを忘れてはいけません。

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